一月一日

十五時に起きてデリヘルのホームページを見ていた。しかしアクセスが集中しているのか動きが重く、イベントの時に日本人の考えることなんて全てパターン化されていて自分もそのうちの一個に当てはまっただけなんだ、と思い、カップラーメンを食った。カップラーメンを食っている途中、毎日食べているこの味に急にイライラしてきたのでベランダに投げた。
スーパーに行って大根と歯磨き粉を買おうとレジに並んでいたら、隣に大学時代同じゼミだったクスノキくんがいた。クスノキくんは朗らかな人で、地球上の人間全員と仲良くなれる能力を持っている。初めて会った時も、「俺クスノキ、よろしくな」と言って握手を求めてきた。すぐに人の手を握ろうとする人のことをあまり信用していなかったので「こいつはあれだな、怖いな」と思っていたけど、道徳の教科書かお前は、というぐらいベタに良いやつで、大学を休みがちな俺にも「今日来なよ、今みんなでM&M's食べてるよ。アメリカのチョコ。」とかLINEを送ってくれたりした。
レジの隣にいるクスノキくんを見て「あ、クスノキくんだ」と気付いたけど、話しかけるのはめんどくさかったので普通に大根と歯磨き粉を買ってスーパーを出た。スーパーを出たらクスノキくんが待っていた。「久しぶり。覚えてる?俺クスノキ」と握手を求めてきた。クスノキくんの手は死ぬほど冷たくて、「覚えてるよ」と返した。クスノキくんはコーギーを連れていて、コーギーは足が悪いみたいで地下水ぐらいのスピードで二人で下高井戸を歩いた。タバコ吸いたいな、とクスノキくんが言ったので駅前に置いてあるベコベコの赤い灰皿の前で二人でタバコを吸った。
「今なにしてんの?」
「あ、俺フリーター」
「あ、そうなんだ」
クスノキくん今なにしてんの?」
「あ、俺あんま人に言えない仕事してる」
「へーそうなんだ」
「何か聞かないの?」
「え、だって言えないんでしょ?」
「うん」
「うん」
「ここら辺住んでるの?」
「うん」
「あー、そう、俺もここら辺住んでるよ」
「あ、そうなんだ。俺最近引っ越してきたよ」
「へー、いいよね。ここら辺」
「俺大学時代のことあんま覚えてないんだけど、唯一、唯一っていうか、なぜか記憶に残ってるさ、なんかそういうのあるじゃん、え、なんでこんなどうでもいいことずっと覚えてるんだろう、みたいな、そういうやつ」
「うん」
「え、あるよね?」
「いやまあ俺はないけど」
「あ、ないんだ。ごめん」
「いや、いいよ」
「あ、うん、で、なんか大学時代のこと思い返すと、クスノキくんが『今みんなでM&M's食べてるよ。アメリカのチョコ。』っていうあのLINEのことしか覚えてないわ俺」
「あーそうなんだ」
「うん」
「ごめん俺全然それ覚えてないわ」
「いやまあそうだよね」
「うん。みんなってゼミのみんな?」
「うん。多分」
「へー」
「俺帰るわ、雑煮作るんだよこのあと」
「山口くんって何してる人だっけ?」
「え?」
「いや、なんかみんな音楽やってたり絵描いたりしてたじゃん。山口くんって何してる人だったっけ?」
「あ、いや、なんもしてないよ俺」
「あーそうなんだ」
「うん」
「卒論ってエミリー・ディキンスンだったよね?」
「うん」
「うち行こうよ」
「え、なんで?嫌だ」
「あ、そうか。エミリー・ディキンスンの詩集あげようと思って」
「持ってるから要らない」
「あ、そうか、そうだよね」
「うん、ありがとう」
「雑煮ってゾウじゃん」
「え?」
「雑煮ってゾウじゃん。で、凧揚げはタコじゃん。動物がなんか多いよね」
「ごめんよくわかんない」
「ばいばい」
クスノキくんは帰って行った。
コーギーの足が悪い理由は聞けなかった。家に帰ったらベランダにカラスが四羽いて、カップラーメンをつついたり、洗濯物を無茶苦茶にしていたので、しばらくそれを見ていた。ラジオを聴きながら雑煮を作っていたらクスノキくんからLINEが来た。
『俺が大学時代のこと思い返したら真っ先に思い浮かぶのは、山口くんが喫煙所でタバコ吸いながらゲームボーイアドバンスSPやってたことかな』
それ多分俺じゃない、と思ったので、『それ多分俺じゃない』と送った。
『俺もM&M's食べた記憶ないんだよね。意外と本当のことなんてどうでもいいのかもしれないな〜』

なんかようわからんイルカのスタンプが三つ。
既読スルーしてデリヘルを呼んでデリヘル嬢と雑煮を食って無茶苦茶にセックスした。